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先憂後楽

昭和十三年六月と七月、茨城県霞ケ浦一帯は台風による洪水で甚大な被害を受けた。被害流域は三十二市町村、死者四十五名、浸水家屋は八一、七三九戸。冠水被害は数十日に及んだ。

さて、ここから先は当時帝国海軍の軍務局長であった井上成美の文を引用する。〝土浦が大洪水でひどい目にあったことがある。私は当時、軍務局長をやっていたが、多数の航空関係の海軍士官や下士官兵の家族が家財を大部分流失したのを知り、即座に救済の必要を感じて、義援金だとか何だとかいっていたのでは時機を失するを思い、非常手段をとるに決し、山本次官(山本五十六、当時海軍次官)に「海軍のお金を五万円ほど即時に出していただきたい」と申し上げたところ、即座に承知して出していただき、罹災家族の急場を救うことが出来た。これらも元帥の度胸も手伝ってはいるが、一面困っている人に対する元帥の情深い思い遣りがこれに同意せられた一大動機であろう。〟「追悼・山本五十六、新人物往来社編、新人物文庫84より」山本井上コンビならではの話だが、昭和十三年の五万円は、米価換算だと現在の約一億三千五百万円相当になり、また他の生活物資の価格から考えてもたいへんな金額である。序に記せば、前年十二年は日中戦争が始まっているし、十四年に山本五十六は連合艦隊司令長官になっている。

さて、現在の状況に目を転ずると、実に嘆かわしいとしか言い様がない。「桜を見る会」問題は一体何だと言いたくなる。報道騒ぎを見る限り、桜の花を見るのではなく、自分が気に入って集めた「サクラを見る会」としか思えない。論陣に費やす時間が有ったら、与党野党を問わず台風十五号・十九号の被災地をもっと頻繁に見舞ったり激励したりするのが国民の代表である国会議員諸氏の役目ではなかろうか。我が長野県も未曽有の被害で、門下生の詳しい被災状況もいまだ掴めずにいるが、ここ数年来世界各地の自然災害や、日本各地で起きている大水害を思うともはや「想定外」という言葉は使ってはいかんのではなかろうか。中国故事にいう「善く国を治める者は必ず水を治むる」を思うべきで、為政者たるは人々に先んじて憂いてほしいと切望する。

川村龍洲(書源2020年2月号より)

 
   

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