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墨のこと

まずは二枚の写真を見ていただきたい。共に川村驥山の遺品である。一円玉を添えてあるので大きさが判る。竹の墨挟みを使用してぎりぎりまで磨り、更に小さな墨どうしを磨り合わせてくっ付け、それをまた少し大きめの墨にくっ付けて最後まで使った。今これを門下生に見せても、驥山のものだとは誰も信じない。明治の人で物を大切にしたのは勿論だが、昭和二十年三月長野市に疎開した後、終戦を迎えその後あらゆるものが不足していたかを物語る証拠品である。寝具類と衣類を中心とした疎開の荷物では書道関係の品物は最低限のものしか運べなかった。従って東京から持って来た端渓硯一面と、墨も僅かな数であった。調べてみると殆んどが唐墨である。こうした状況下で、昭和二十三年の三越本店での大個展に続き、毎日書道展、日展の作品制作は我々の想像を超える不自由さであったと思う。ともあれこうした驥山の知られざる一面を知っていただくのも、大量消費と飽食に慣れきってしまっている現今に反省を促す意味が有るのではなかろうか。

昭和五十年六月、手島右卿先生のお宅に伺った。小生は佩玉の鞄持ちだが「あの手島先生にお会いできる!」という興奮状態は今も鮮明に思い出せる。先生と母は、驥山の思い出を懐かしそうに話し込んでいる。やはり酒にまつわる話題が多かった。そのうち、緊張でガチガチになっている小生に向かって手島先生が「書源」誌を話題にされ、流石に小坂さんの本だけあって参考手本は勿論だが読み物も多いし、ともかく内容が素晴らしいとお褒めの言葉をかけてくださった。その一言で小生も緊張が少し和らいだが、続けて「君、目隠しで墨を磨って、和墨か唐墨か、硯が和硯か唐硯か判るかね?」と質問された。咄嗟のことだったが狼狽えながらその違いはどうやら区別できます、とお答えした。「そりゃ結構!書家は字を書く前に、用具用材に関してまず職人としての専門的な知識と感性を磨くことが何より大事なことなんで、芸術なんてものはそれがキチンとできてからの話だよ」と結ばれた。あの手島マジックとも呼ばれた見事な墨色の秘密を窺うことができた気がした。四十五年前の忘れられない一瞬である。

ところで、最近の墨液の質の良さには驚く。磨墨と作品書きの時間は大きな問題だが、墨液はそれを瞬時に解決してくれるのは実に有り難い。ただ便利さに甘え、書道文化における文房至宝と呼ばれるうちの、墨と硯に関する研究が疎かになるのではないかと心配もしている。年寄りの杞憂では済まぬことだから。

川村龍洲(書源2020年8月号より)

 
   

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